雑学

「ひな祭り」が「桃の節句」と呼ばれるのはなぜ?


三月三日はひな祭り、女の子の節句ですね。

ひな人形を飾って、白酒、ひし餅、ハマグリのお吸い物などで祝います。

 

あかりをつけましょ ぼんぼりに ♪

お花をあげましょ 桃の花

五人ばやしの 笛太鼓 ♫

今日はたのしい ひなまつり

お内裏様(だいりさま)と おひな様 ♬

二人ならんで すまし顔

お嫁にいらした 姉様に ♪

よく似た官女の 白い顔

『うれしいひなまつり』は、作詞:サトウハチロー 作曲:河村光陽で1936年(昭和11年)に日本で発表された日本の童謡ですが、遠く離れたメキシコの人たちもメロディーを知ってるそうです、、、

メキシコの有名グループ、ロス・パンチョスが『うれしいひなまつり』を『Pobres Huerfanitos(悲しきみなしご)』として1960年代にカバーしていたとのこと。

世界的名曲という事ですね^^

 

ところで、ひな祭りは「桃の節句」と呼ばれますが、それってなぜ?

 

ひな祭りの発祥は、古代中国にあった行事の上巳節(じょうしせつ)といわれます。

上巳節とは、三月最初の巳の日に川に入ってケガレを清めるというもの。

それが日本にも伝わり、そこに貴族の女の子たちが好んだ人形遊びである「ひいな遊び」が合わさって、ひな祭りの原形になったといわれます。

安土桃山時代になると貴族社会から武家社会に伝わり、さらに江戸時代になると庶民の間に広まりました。

すでにこの頃には今の形に近く、ひな壇にひな人形と桃の木を飾るようになっていたようです。

桃の木は、中国で悪魔を打ち払う神聖な木とされていたので飾られるようになったと言われています。

また、旧暦では桃の花が咲く季節にあたるため桃の節句と呼ばれるという説もあります。

あわせて考えると、桃の花が咲く季節で、神聖な木でもあるので桃の木を飾るようになったので「桃の節句」と呼ばれるようになったということじゃないでしょうか。

 

江戸時代には、幕府が定めた式日で五節供というものがありました。

 一月七日 七草の節供(人日)

 三月三日 桃の節供(上巳)

 五月五日 菖蒲の節供(端午)

 七月七日 七夕祭り(七夕)

 九月九日 菊の節供(重陽)

上の通り定められていたので、その頃すでにかなり定着していたものと考えられますね。

 

ひな人形、、、豪華なものもありますよね。

男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と呼び、三人官女以下のその他大勢の随臣、従者人形を「共揃い」といいます。

よく言われますが、ひな人形はあまり長く飾っていると女の子の婚期が遅れると言われます。

そんな事ないとは思いますが、、、ひな祭りの翌日以降、なるべく早く片付けることをおすすめします^^


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