わたしは本田宗一郎さんと藤沢武夫さんのコンビで経営していた本田技研が大好きで、本も随分読みました。
たくさんの逸話が紹介されていますが、本田宗一郎さんは、工場の機械を購入しても、そのまま使ってたら怒ったそうです。
知恵を出して、自分のところで調整してもともとのスペック以上にして使うようにと。
そんな本田さんが欧州視察から帰国した時、ズボンのポケットにはプラスのねじ。
今ではどこでも目にしますが、本田宗一郎さんが欧州から持って帰ったのが日本で最初のプラスねじだそうです。
ホンダ社長の欧州視察前、本田技研は販売していたバイクのトラブル(今でいうリコール?)で大変だったそうですが、落ち着きかけたので藤沢さんが欧州視察に行くようすすめて行かれたようです。
ホンダ社長は会社のことが気になりながらも欧州に行き、タイヤやチェーンやスポークなどの部品を買ってきた上に、ズボンやコートのポケットにもいろいろ入れて帰国。その中の一つがプラスねじ(クロスねじ)。
従来のマイナスねじは手で締めるしかなかったそうですが、クロスねじは圧搾空気を使って機械でしめることができるということで、大きな生産性向上をもたらすものだったそうです。
このプラスねじ、日本の工業的発展に大きく寄与したはずですが、あまり知られていません。
あの時本田さんが持って帰ってなくても、いつかは日本にも紹介されてたでしょうけど、工場視察に行って、これは使えると目をつけた本田さんの眼力はさすがだと思います。もっと高校などの教科書で紹介してもいいお話しだと思うんですが。
本屋さんに行くと本田宗一郎さん関係の本はいっぱいあります。
たしかに読むと藤沢さんのことにも触れてあるケースが多いですが、もっと藤沢さんが出てきてもいいように感じます。
あの二人がお互いを活かしあってのHONDA発展ストーリーですからね。